大魔境雄渾記

太田螢一

 ギロッと太陽が見た。僕を。ズルッと顔がずれた。僕の。さっきからうづくまっている、体中ユルユルとして、全身が波打ち、筋肉も肋骨もかげろうのようにベコベコとしながら、肩のてっぺんだとか、ひじや膝がパチパチはじけて割れる。目の前に切り株があり、その真ん中に小さな穴があり、そこから象やライオンや爬虫類がポコポコと押し出されて来て、僕に襲いかかろうとするのだけれど、切り株の上の年輪をひとつずつたどって来るので、廻っても廻っても抜け出せないでいる。
 ドロドロの川が蛇に変わった。ゆっくりと這っている。その太い体のあちこちから魚やワニが顔を出したり、ひっこめたりしている。
 引っこ抜いてしまわなければいけないのだが手が届かない。蛇はトグロを巻いたり伸びたり縮んだりしながら、僕を呑み込もうとやって来る。逃げたいのにうまく歩けない。
 紙粘土に水をかけた様に、ぬるぬるヌルヌル足指同士が蕩
(とろ)け、絡みあって前に進めない。気がつくと指がポロポロ取れてゆく。取れたところから新しい指が生えてくる。それぞれがそれぞれに、あちらこちらに蠢き絡まりあって長く長く延びてゆく。
 またつまづいた。「あっ!」天高くそそり立つヤシの木が、弧を描いて曲りながら再生長を始める。まるで旋盤の様に葉を回転させ、振りまわしながら、水平に押し寄せて来る。どうしようどうしようどうしよう……灼熱の陽差しに焙られて、閉じていた目が、いつのまにか溶け出していて、代わりに蜂の卵がびっしりと詰め込まれている。目を開けるとワ〜ッとはみ出して、もう閉じられない。気がつけば顔の半分が蜂の巣で、働き蜂や女王蜂が往き来している。このままでは皮や肉が炭化してしまう。急がなければ……
 後頭部にぶら下がった巨大なウツボカズラは、溶解液を垂らしながらゆっくりと傾いて来る。捕虫舌を伸ばしては、背中や首筋を這っているマラブンタやイモリや蛭をおいしそうに食べている。すべて振り落そうと、肩を上下に振ってみたら、ドロドロになった肩が左右に分かれてはずれてしまった。
 そうしているうちに、さっきの大蛇が近づいて来た。ゆっくりと、かま首をもたげながら僕を足元からジリジリと巻き込んでゆく。早くウロコの一枚一枚をめくり上げ、蛇の体に垂直に打ち込まなければ。でも金槌は柄しか無くて、打っても打ってもどうにもならない。とっても辛いのにどうしていいかわからない。故郷のお母さまとの楽しかった日々を思い出しては涙を流す。ああどうしよう。助けて。僕を助けて。

〔雑誌特集「NEW WAVE KENIYA」への寄稿〕

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